時代の間で

8年前に亡くなった立川談志さんが、アンドロイドでこの世に蘇り対談するという番組があった。

コンサートで故人とデュエットをしたり、映画の未発表シーンを編集し生き返らす表現とも異なり、アンドロイドに故人の意識が備わり、対談、対応をするという緻密な制作であった。

近い将来、AI技術により故人と、生前に交わした会話と同じようにできるのであろうか。

確かに会いたくなることもある。が自分の場合、もし本当にそうなったとしたら心は乱れ、感情のバランスが崩れていくように思う。

暮らしの中に便利さ、安全を求めるloTや心の癒しにつながる動物ロボットまでは、使ったことがなくても、なんとなく許容できそうだが、故人のアンドロイド、感情のAI技術は"勘弁して"と思ってしまう。

自分は、故人に対して心を寄せることが、生きている時よりも、亡くなってからの方が多くなった。

いつも想像の中で、故人が発するであろう言葉を追いかけている。見守られていると思えることが力となり、再び前を向ける。

よく心の中で生きていると言うが、本当にそう思う。

人それぞれ、想い、考え方があるだろうが、自分自身の生き方を整えるために、場、記憶、品そしてアンドロイド等の先端技術が寄り添ってくれればと思う。

そして、自分の生きている時代がその手前であったことに何かほっとする。

結果という薬

バッターがスランプに陥った時、

どんなあたりでもヒットが生まれることで、きっかけをつかみ、自信を取り戻すと聞く。


その間、練習、フォーム改造から願かけまで、ありとあらゆることを行いながら、気持ちを切らさぬように必死で向き合う。


ヒットが1本でるだけで、笑顔が戻り、次へと気持ちが向かう。

出ないと、悪い方へ悪い方へ考えてしまう。


横綱 稀勢の里は勝てなくなるとどんどん取れていた相撲が取れなくなった。

横綱になると、負けが込むと土俵に上がることができず、休場して一人で復帰を目指す。孤高の戦いである。


引退して親方となり、弟弟子の大関高安に稽古をつけると、圧倒する程、強さが復活していると聞く。 


横綱という重圧の中で、悪い方へ考え、本来の力が出せなくなったのかもしれない。


野球も相撲も、そして人生そのものも心技体のバランス。


結果が出ることで次へつながる。

結果の出ない間を、どのように調整するのか、バランスを取り戻すのか、生きることへの戦いである。


答えは自分の中にある。まわりや世の中のせいではない。


人生、良い時、悪い時の波は必ずあるが、自分を責めることなく、あきらめず一生懸命に向き合うことで、真っ暗闇でも必ず光は見え、上向いてくる。


得意淡然  失意泰然


この経験は、必ず豊かな人生を導く。