時代の間で

8年前に亡くなった立川談志さんが、アンドロイドでこの世に蘇り対談するという番組があった。

コンサートで故人とデュエットをしたり、映画の未発表シーンを編集し生き返らす表現とも異なり、アンドロイドに故人の意識が備わり、対談、対応をするという緻密な制作であった。

近い将来、AI技術により故人と、生前に交わした会話と同じようにできるのであろうか。

確かに会いたくなることもある。が自分の場合、もし本当にそうなったとしたら心は乱れ、感情のバランスが崩れていくように思う。

暮らしの中に便利さ、安全を求めるloTや心の癒しにつながる動物ロボットまでは、使ったことがなくても、なんとなく許容できそうだが、故人のアンドロイド、感情のAI技術は"勘弁して"と思ってしまう。

自分は、故人に対して心を寄せることが、生きている時よりも、亡くなってからの方が多くなった。

いつも想像の中で、故人が発するであろう言葉を追いかけている。見守られていると思えることが力となり、再び前を向ける。

よく心の中で生きていると言うが、本当にそう思う。

人それぞれ、想い、考え方があるだろうが、自分自身の生き方を整えるために、場、記憶、品そしてアンドロイド等の先端技術が寄り添ってくれればと思う。

そして、自分の生きている時代がその手前であったことに何かほっとする。